平成20年11月17日掲載
芳川智恵さんが代表をつとめる(有)さんやそうは地元でとれた新鮮な野菜や果物を販売するグループと一緒に長野市大門町のJAながの門前農館で長野の郷土食を作って販売しています。
そもそもはJA女性部で活動していた女性グループがうまいおやきを全国にとどけようと平成14年にスタートしました。いまは16人のメンバーが交代で働いています。スタッフは自らはもちろん市民や観光客の“よりどころの場”づくりに心がけています。
おやきの具につかう野菜は地産地消にこだわっています。なかでもここのオリジナル「辛大根」は自慢の品で評判も上々です。おやきのほかに地元でできた旬のものをつかったメニューの開拓にもとりくんでいます。これからの寒い季節にはたくさんの野菜と太めのうどんを料理した「ぶっこみうどん」がぴったりです。
平成20年11月10日掲載
長野市大町の関博文さんは昭和58年に長野県農業大学校を卒業と同時に就農し、今は果樹3ha、水田1haを経営しています。リンゴは平成5年の「長野県うまいくだものコンクール」で農林大臣賞を受賞した「ふじ」を主体にして、葉摘み・玉まわしの手間がかからない加工に適した品種にも力を入れて、ブラムリー、グラニースミス、春紅玉、ピンクレディー(写真)など多品種の栽培を柔軟に取組んでいます。特にピンクレディーはオーストラリアで育種され世界的に注目されていて、関さんはその「日本ピンクレディー協会」副会長として加工適正の研究に力を注いでいます。
いまもっとも関心を持っているのはスイーツ業界との連携で、近隣の洋菓子店に積極的に売り込みをはかっています。また、仲間といっしょにシードル(リンゴの発泡性果実酒)の試作にも取組んでいます。ひとつひとつの夢が関さんを支えています。
平成20年11月3日掲載
秋深まる今、長野市篠ノ井の岩野橋の近くで、宮尾英一さん(54)と三代子さんがゴボウの収穫に追われています。
英一さんは6年前にそれまで勤めていた会社を退職して以来、父のあとを継いで農業に就き、「月によっては収入がないこともあり、会社勤めの月々の給料生活のありがたみを知った」英一さんですが、いまはラ・フランス、長いも、25アールのゴボウを栽培しています。品種は山田早生。ゴボウ抜きという言葉がありますが、収穫作業は”抜く”ものではなく“掘る”ものなんですね。ゴボウはいまが旬。収穫は年内いっぱい続きます。「安心して食べられて、宮尾さんちのゴボウはおいしいね、と言われるものをこれからも作り続けたい」と三代子さんははりきっています。
宮尾さんがつくったゴボウはAコープ松代店で販売しています。
平成20年10月27日掲載
長野市信更町。柴田清士さんは10年前からヤーコンの栽培に取組んでいます。ヤーコンは南米アンデス高地を原産地とする健康野菜といわれています。柴田さんは「ヤーコンを食べて信更のみんなが元気でいられるように」と願って養蚕の桑畑の遊休農地を開墾し辛抱強く栽培に取組んできました。いまは信更の300軒ほどでつくっています。
ヤーコンは生活習慣病の予防に効果的といわれていて、その製品化にもとりくみ、試行錯誤の末に「ヤーコン茶」を開発しました。ヤーコンの料理法は、生で食する場合は皮をむき塩水で3分程アク抜きするか、レモン汁をかけると茶色く変色しにくくなり、加熱する場合はタワシなどでよく洗いヤーコンを皮ごと料理してもいいそうです。
家族が助け合ってヤーコンに本気でとりくむ柴田家の家庭円満がまずはヤーコンの効用となっています。
平成20年10月20日掲載
上水内郡信濃町柏原の中村六郎の句といわれる「信濃では月と仏とおらがそば」にあるように信州は古くからソバの名産地でした。戸隠では水田が少なく大事な主食でした。“ソバは75日”などといわれて畑にまきつけてから収穫までの期間が短く、戸隠のほとんどの農家では麻の裏作として栽培されました。一日一食はソバ。夜の食事はソバと決まっていたそうです。夏ソバは8月に、秋ソバは10月に収穫期になります。
平成18年から戸隠そば再興大作戦会議会長・山口庄一さんは戸隠のソバを昔のものに戻そうと13人の仲間とともに在来種復興の大作戦に乗り出しています。旧来の種を2年間の試験をして栽培する品種を決めました。黒化率70%がもっとも刈取り時期に適しているといわれています。今月いっぱい刈取りに追われるそうです。
地元で穫れたソバが地元のソバ店から頼りにされることが多くなり山口さんらの大作戦の効果も上々です。
平成20年10月13日掲載
平山豊文さんは長野市内上ヶ屋のビニールハウス18棟でイチゴを栽培しています。栽培は長野県オリジナルの「サマープリンセス」と北海道生まれの「スズアカネ」の高冷地栽培に適している二種です。イチゴハウスでは作業性にすぐれている高設栽培とコストがかからず地力をつかえる土耕栽培が行われています。
夏秋のイチゴはいままではアメリカ産の冷凍ものが主力でしたが安全・安心の国産品が求められてきています。おもに東京のケーキ店を中心に販売しています。平山さんは30代で運送会社を起し青果物の運送をてがけるなど生鮮流通の仕事をしてきました。そのかたわら農業の仕事もふやしていきました。
平山さんは「イチゴの仕事は管理をしっかりやりさえすれば実がなり、手をかけた分だけ結果にあらわれ、収穫の喜びを1年のうちで何回も味わえるのが魅力」と語っています。
平成20年10月6日掲載
市内上野の中澤さんは陽当たりの良い南斜面の4反歩の畑でふじ、秋映、シナノゴールド、シナノスイート、ぐんま名月、シナノピッコロのりんごを栽培しています。今月10日すぎにはシナノスイートの収穫がはじまります。シナノスイートは1978年に長野県果樹試験場で生まれ1996年に品種登録された品種で、果汁が多く、甘さも強く、香りもよいのが特徴です。
かつて中澤家では1000箱のりんごを出荷していたこともあり、およそ10万個のりんごのひとつずつに袋掛けをしていました。ご主人は会社勤めでおもに紀子さんがりんご栽培に取組んできました。りんごは1年に一度しかできないもの。毎年毎年が真剣勝負。だからこそ改善と努力を続けてきたそうです。
きょうも、りんごのひとつひとつに語りかけるようにして作業が続けられています。紀子さんが育てたりんごはもうすぐ旅立ちです。
平成20年9月29日掲載
篠ノ井塩崎林見でりんご栽培を営む立山幸孝さんは67才。りんごづくり40年のキャリアです。
陽当たりよい傾斜地の70アールの土地でりんごを栽培しています。収穫適期を迎えようとしている「秋映」は10アールほど栽培しています。「秋映」は「シナノゴールド」、「シナノスイート」とともに長野県で生まれた品種で「信濃りんご三兄弟」とよばれています。「秋映」は中野市の故・小田切健男さんが「つがる」と「千秋」を交配し、育成した品種で、平成5年3月に品種登録されています。独特な濃いあずき色、甘味が多く、日持ちがいいのが特徴です。
立山さんには「りんごはやっぱり赤くなければ」という強いこだわりがあります。この時期、旬の赤色に囲まれての仕事に追われて休む暇はありません。
平成20年9月22日掲載
江戸時代、戸隠の九頭竜神の第一のお供えは梨が第一とされていたそうです。郷土史家・宮澤和穂氏の研究によると、「江戸時代の「和漢三才図会」には「伝曰、神形九頭、而在岩窟内、以梨為神供」と記され、梨が第一の神供とされていた。また、神津文雄氏によれば、歯の神様として九頭竜神が多くみられるとともに、歯痛の際に行われるさまざまな習俗の中には、梨が関連して登場するという。このように九頭竜神は、梨を第一の神供とする歯の神様として広く周知されていた」(「長野」第170号)しかし、なぜ歯痛と梨が結びついているのかはよくわからないそうです。
梨は白い花を咲かせてから150日が収穫適期といわれていて、荻原照男さんの16アールの梨畑はいまが収穫の真っ盛り。妻の洋子さんとのなごやかな作業が来月10日ごろまで続きます。
平成20年9月15日掲載
巨峰は高級ぶどうのひとつです。長野盆地は上田盆地とならんで巨峰の産地です。
豊野・蟹沢の小林喜三博さん(58)は水田から転作して、20代からぶどうの栽培に取組んできました。現在は5反歩で栽培をしています。この地域の生産量は10年前から比べると生産者の高齢化にともなって当時の半分ほどになりましたが、1ケース4kgで5万ケースを出荷しています。
ぶどうの栽培はリンゴより早く出荷できるので台風などの自然災害にあう危険がすくなくてすみます。巨峰(たねなし)は8月下旬頃から収穫がはじまり9月が最盛期になります。6月の開花期の夜温が14度以下になると成長が止まり良い実ができにくいといわれています。また寒暖の差が甘味をつくるのだそうです。ぶどう一粒がおよそ20g。それが30~35粒ついて一房になります。妻の公子さんといっしょに秋の実りの喜びを実感しています。